とある訪問介護会社に勤めている私の、本当に唖然とした話です。

 

訪問介護は、大雑把に言えば「ご高齢者のお宅にヘルパーを派遣し、家事援助や身体介護をお願いする」仕事です。
介護保険を利用するため、ご利用者様の支払う料金は全体の一割程度。

そして、ほとんどのご高齢者は一人住まいです。

 

そんなご利用者様の一人、佐藤様(仮名)も独居のお爺さんで、一人では動くことも話すこともなかなかできないお身体でした。

当然、介助に入る日数も週に5日以上。

1日も一人ではいられない状態ですから、うちの会社以外からも訪問介護や福祉用具レンタルのサービスを使っていました。

 

2年近くお仕事を頂いていましたが、入院後に亡くなられた後、佐藤様の支払い請求書が続けざまに戻ってきてしまいました。

銀行口座からの引き落としを使っていたので問い合わせると、口座が凍結されてお金が引き出せないとのこと。

 

即座に担当ケアマネージャーに連絡を取ると「現在、家族が遺産相続の裁判中で何も手がつけられない」という驚きの返事でした。

家族なんていたの?というのが社員全員とヘルパーさん達の第一声。

だって、家に出入りしていた2年間、誰も尋ねてこなかったし、何よりいつも「お金がない」「寂しい」と言っていたのに…。

 

家は一軒屋でしたが、正直誰も住みたいとは思えないほどボロボロで、家の中も清潔とは言い難い状態、加えてお金に換えられそうな物なんか何もありませんでした。

だからこそ介護が必要だったのだろうし、ヘルパーさんにも愚痴を言い続けていたんだろうと思っていたのに、家族と言える存在がいたとは!

 

その後、佐藤様の後見人という弁護士に電話をして詳細を訊いたところ、佐藤様には妻、子供、兄弟含めて十人近い家族がおり、遺産の総額と相続権をめぐって争いの真っ最中とのことで、思わず電話口で呆然としてしまいました。

 

なんでも、個人的な資産はないけれど、若い頃に友人と共同経営をしていた会社の権利や書類関係のあれこれが滞っているため、慎重に事を進めているとの返事。

 

加えて、一人暮らしになってからの借金も新たに浮上してきたため、遺産と借金のどちらが多いかを見極めるまで、親類同士が目を光らせているとのこと…。

 

いやいや、それより、最後まで介護に入っていたうちに一言ぐらいあってもいいでしょ!

妻なり子供なりがいるなら、お父さんの最後の様子はどうだったとか、今まで有り難うございましたとか、その程度のことは言うべきじゃない?

 

週に5日も入ってたんだから!

と憤慨する私に、上司の冷静な一言。

「まあいいよ。利用料金さえきちんと払ってもらえれば」

 

ところが、いつまで待っても挨拶どころか、利用料金の支払いについても、何の連絡も来ないままです。

何度も弁護士とやらに電話しましたが、その度に「未だ裁判中で」「親戚も誰も手がつけられなくて」の一点張りで、埒が明きません。

 

月一回のペースで、何の進展もない電話をし続けて約1年。

 

ようやく返ってきた弁護士からの返事は、
「全員が遺産相続を放棄したため、利用料金の返済義務はなくなりました」
という、ちょっと信じられない結論でした。

 

相続できる財産よりも借金の総額が上回ったため、親類縁者は誰も相続しないことに決めたのだとか。

いえいえ。そんなのはそっちの都合でしょ?

 

あなたたちがお父さんの世話を一切しないでどこかに隠れていた間、ヘルパーさん達は毎日毎日、お父さんの食事や入浴のお世話をしてくれていたんですよ?

 

利用料金2ヶ月分といっても、1割負担なんだから(9割は国が払ってる)、たかだか2万円ちょっとですよ?
いくら相続放棄したって、家族としての「ありがとう」の気持ちや感謝を少しでも感じているなら、そのぐらいのお金は自分達で都合して持ってくるべきじゃないの?

 

と、またもや一人で憤慨する私に、上司が一言。
「そんな家族だから、佐藤さんは最後まで一人で暮らしてたんだろうねえ」
完全に諦めきった口調で、経理への報告書を淡々と書き始めました。

 

そうして、更に1年が経過した今でも、佐藤様のご利用料金は、支払われないまま宙に浮いています。
佐藤様が最後まで一人だった理由は、部外者の私達には結局わからないままですが、一人の人間の生き死にに関わるお金を「放棄」の一言で切って捨てられる、そんな家族関係もあるのだなと、少し怖く思えました。

 

全国的には珍しくない出来事かもしれませんが、うちの会社の中ではたぶんずっと語り継がれる、介護と相続に関わる私の体験談です。